生きるために書いている。

 

普通のことがどうしてもできない、やりたくない人間なので、事件を知ってすごくショックを受けている。

できないことでどれだけ迷惑をかけているかも知っている。小学校を休むたび、給食当番をだれかが代わってくれていた。

できないということは、それだけで完結することが難しい。組織では。

私も、自治会の仕事などを頼まれたらきっとどうしても身体が動かなくなって、蕁麻疹が出て泣き叫びながら、結局は仕事を放棄する人間だ。

だから、もし自分が同じ立場だったら、違う理由かもしれないが、死にかけると思うし、もしかしたら死ぬかもしれない。

自治会も町会も婦人部もPTAも、やめてしまおうよと強く思う。みんながやりたくないことなら、必要なことでも、やらなくていいよ。それで何かのクオリティが下がってもいいよ。みんなやりたくないなら、やらなきゃいいじゃん。なんでそんなに嫌なのに続けるの?みんなやりたくないのにやるの?

会社でも、新入社員が写真入りのポスターに出ないといけなくて、死ぬほど嫌だった。

人権がないなと感じた。そういうとこだよ。やりたくないけどやらなくてはいけないことなんて無くそうよ。

運動会も嫌だったよ。本当に嫌だった。運動会のダンスが覚えられてない夢を今でも見るよ。運動会に出ないっていう権利はなかった。踊らないっていう権利はなかった。

やりたい人だけでやればいいじゃん。なんで強制にするの?

会社のポスターも、新人の立場の弱い人間に嫌なことをやらせるんじゃなくて、自分の写真を使ってでも人物入りのポスターを作りたい人が作ればいいじゃん。そんな人がいないなら、やめようよ。なんでそこまでして、今までやってきたことに固執するの?

 

やりたくないことを強制されないことが、人権の一つだと思っている。

でも、人権があると思っている人のほうが少なくて、人権がある時代は、人間が誕生してから今までのうち、ほんとに最近の、短い間のことなんだと思う。

いつも思うのだけど、私はきっと近世より前に生まれていたら、死因は社会に適合できないことだったと思う。

今の時代ですらギリギリだけど。

 

今は社会的な居場所がほしいと思って小説を書いているし、このブログのこの文章などは、本当に気持ちの整理のために、生きるために書いている。

そして、当たり前にできないことがあると書いているnoteを読んだりして、生きるエネルギーをもらっている。

オリジナルスマイルを聴いて、腐らないで生きていこうという気持ちになっている。