トラウマが原因の社会不安症、対人恐怖症について

 

私は昨日、他人にどう思われるかが気になる、社会不安症の自分へ。で自分の社会不安症は小学生時代のトラウマから来ているのかもしれないということを書きました。

そしてあの頃に傷ついた自分に向けて、大丈夫だよと伝えてみました。

 

私が多少完璧でなくなって、ダメな人だと思われて、誰かに嫌われたとしても、それでも私を好いてくれる人はいるでしょう。

小学校にはいなかったけど、あれからね、私の駄目なところを知っても私を好いてくれる何人かの人と出会ったよ。

だから大丈夫だよ

 

と。

そしたら驚くことに、気持ちが少し楽になったんですよね。

 

辛すぎて思い出さないようにしていた過去を無意識に強烈に恐れていた。

その恐怖が今までの人生を大きく左右していたんだなぁ、としみじみ感じました。

これからもあのときの傷や傷跡と一緒に生きていくことになるでしょう。もはやその傷も含めて自分だから嫌とかではなく、あぁそうだね。ずっと一緒にいたね。という気持ちで。

 

私の場合は誰にも必要とされていないのに気づかないふりをしながら、輪の中にいようとした。仲間外れにされながら、仲間に入れてもらっているふりをしてた、そんなトラウマです。

壮絶ないじめにあったとかではないんですよね。それでも私のトラウマは、私の人生に大きな影響を及ぼしてきました。(少なくとも今までは。これからは少し変わってくるかもしれない)

 

もしあの年代にそれこそ暴力を伴う虐めを受けたり、非人間扱いをされたり、他者に明確な加害を受けていたとしたら…と考えます。

社会不安症や対人恐怖症に苦しんでいる人はもしかすると過去に深く心が傷ついて、そのときの痛みを今も恐れているのかもしれないなと思います。

 

社会不安症である自分を分析してみた

 

昨日は自分の社会不安症的な側面が強く出て辛かったので、自分の心理を分析してみました。

私の社会不安は、他人にマイナスイメージを持たれることが非常に恐ろしいというものでした。なので、

  • いつから他人の目を極度に気にするようになった?
  • どうしてそうなった?

という自問自答をしました。昨日の記事。

 

そして、小学生のころ、対人関係で心に刃物が刺さった瞬間が何度もあったことを思い出しました。

今でもあの痛みを恐れていて、だから他人に嫌われることが恐ろしく他人にどう見られるのかが気になるのだということが推測できました。

なので今でもあの痛みを恐れる自分に対して、大丈夫だよという言葉その理由を書きました。

そしたら今日はちょっと楽になっていました。

 

私は精神の専門家ではないのでこの方法が正しいのかは分かりませんが、社会不安、対人恐怖に悩んでいてどうにかしたいと思っている場合、

  • いつからそうなった?
  • どうしてそうなった?

かを自問してみるのも手段の一つだと思います。

もしそこに傷ついた過去の自分がいるのなら、その人を安心させてあげてほしいです。

辛かったね、痛かったね、と抱きしめてあげてほしいです。

 

でも、決して一人で無理をしないでくださいね。

辛いときは専門家に相談することをおすすめします。

 

もしよかったらこの記事のコメント欄を使ってみてください。

宛名のない手紙を書くような気持ちで。(話はちがいますが宛名のないメールにはこれまで度々お世話になっています)

 

今日も読んでくれてありがとうございました。

また明日お会いしましょう。

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