精神的な面で十字架を背負って生まれてきたように思う。

 

今日は自分が奇妙であること・恥ずかしい存在であること・それを周囲に気取られていることが嫌で嫌でしんどくて死んでしまいたいと思うような日だった。

どうも神経症的になっているのを自分でも感じる。

どうして急にこんな風に消えたくなるほど自分の存在を恥ずかしいと思ってしまっているんだろう。

他人に話したくない、知られたくない恥ずかしい過去がある。

その過去が周囲の人にバレてしまうような気になって(妄想だ)、自分自身を恥じて消えてしまいたくなっている。

これが長期化すればきっと鬱病や強迫神経症だ。

私の場合はたぶんまた梅雨が終わればマシになるのだと思う。

 

思い起こせば、ときどき今のような感じでどうしようもなく生きていくことが辛いと感じてきた。

今はフルタイムの仕事をしていないので、メンタルが落ち込んでいても短時間だからとなんとか出勤できる。

一日中拘束される・仕事のようにどうしても行かなくてはいけないわけではない学校などは、こういうとき、いつも休んでいた。

台風が来たり、梅雨が来たり、冬が来たり、なにかの影響によって、私のメンタルは大きく下降する。生きることが耐えがたいような気持ちになる。自分自身が恥ずかしくてたまらなくなる。学校へ行く気力はなくなり、学校や仕事へ行っても、頭のなかで自己を責めるような言葉に苛まれる。頭が疲れてボーッとして、肩こりや頭痛に耐えられなくなって早退する。一人になれば羞恥心や自己否定の言葉は消えてなくなる。集団のなかにいると、自分の一挙一動について耐えず自己批判を続けてしまう。その自らの異様さをさらに批判する。その異様さに他人は気づく。そのときの表情が目に焼き付いてまた傷つく。

これはなにかの病気なのだろうか。

日常や人生に支障が出ているといえば大分出ている。この症状がなければ、私はまったく違う人間だっただろう。

 

これが病気だったとして、この症状を自覚してやりすごしていく方法を習得することは何とかできるんじゃないかと思う。

今日こういう風に自分の状態を言葉にできたことは、この症状をやりすごして生きていくための一歩だと感じる。

 

その一方で、気候によって人生が変わるほどの影響を受けてきたことや受けること、自分でも異様に思えるような自意識や羞恥心、プリンのような心は、私が背負って生まれてきた性質だと思う。

生まれや育ちが人によって違うように、他人と比べたとき自分の前に立ちはだかる壁が異様に高い人がいるように、精神的なところでいくらかの十字架を背負って生まれてきたような気がする。

そしてその分なのかは分からないけど、精神的な困難さ以外はほんとうに恵まれて生きてきた。

 

何一つ苦悩を背負わずに生まれてくる人はたぶんいない。

そろそろ、もっと違うことがしたい。今まで十分に苦しんだから、これからは少しだけ変わりたい。少しでもいいから今までと違うこともできるようになりたい。

文章を書いて頭がすっきりしたからか、ロキソニンが効いてきたからか分からないけど、今はそういう気持ちである。