死ぬのも苦しい、生きるのも同じ位苦しいとき

 

こんばんは、いくとこです。

生きたくないから死にたいときってありますよね。

一時的にそうなったり、慢性的にずっとそうだったり。

死ぬのは痛そうだ、でももう生き続けるのが嫌だ。どうしようもない、何もしたくないというとき。

 

死ぬのも苦しい、生きるのも同じ位苦しい

 

生きる苦しさが死の瞬間の痛みを超えたときに人って死んでしまうんじゃないかと思っています。

私も会社を辞めてこれからどうするってなったときに、『正社員を辞めてこれからの人生はどうなるんだろう』と絶望的な気持ちになって、近くの団地っぽいアパートの10階くらいから飛び降りようと思ったことがあります。

古い建物だから10階の階段から真下がびゅうびゅう見えました。

「もう明日会社に行きたくない、もう死んだほうがマシだ!!!」と思いながらエレベーターに乗っていざその場所に立ったんです。

誰も見てないから本当に飛べてしまうんですよ。

完全にあそこから落ちたら死ぬんです。

そしたらめちゃくちゃ痛そうで寒くて怖くて、飛び降りることはできませんでした。

 

そして結局は、会社を辞めて、今はフリーターでバイトをしながら生きています。

コロナで仕事が減ってヤバイとなりながらも生きています。

明日会社に行きたくない、もう死ぬしかないと思って寝れなかった夜よりも、全然心地いい今にいます。そうなるなら死んだほうがマシだ!と思っていた状況にまさに今いるのにね。

 

自分や生きることに対する希望があった

 

なんであのとき飛び降りなかったんだろう?と、改めて考えるまでもなく、私はあの階段の上でまだ死ぬのはもったいないと思っていました。

私はずっと家で文章を書くことで生きていけるようになりたいと思っていたんです。

ですが、やるだけやったと思えるまで文章を書いたことがないのです。

それで

本気でやってみたら書くことで生きていけるかもしれないじゃん。

それを確かめる前に死ぬのは早いよ。

というブレーキがあったんですね。

 

生きることに対する希望

 

私は小学校6年生のとき、大学3年生のとき、そして社会人2年目の冬ですね、三度本気で死にたいと思ってベランダに登ったり紐を準備したりしました。

小6のときは学校へ行きたくなくて、でも家にいるのも苦しくて、死ぬしかないと思って。

大学3年生のときは、就活をすることが嫌で怖くて、死んだほうが楽だと思って、

そして社会人2年目の冬は、正社員として働くのが嫌で、会社に行きたくなくて、だったら死んだほうがいいんだと思ってですね。

 

なんで死ななかったかというと、単に死ぬ痛みが怖いっていうのが一番の理由で、その次くらいになんかまだ死ぬのはもったいないという気持ちがありました。

死にたいけど死ぬには早いという思いがありました。だから今も生きています。

 

もう一つ私が今も生きてるのは、自分を死に向かって追い詰めてくる人間がいたわけじゃなかったからかもしれません。

学校だったり職場だったり家庭だったりに、自分を死ぬ方へ追い詰めるような人間がいたら、どうなってたかは分からないです。

 

もしこの記事を読んでいる人の中に、死ぬ痛みを超える苦痛を他者から受けている人がいたら、逃げる方法を考えてほしいです。それから逃げてほしい。

 

生きている苦痛死ぬ痛みと、逃げた先にある未知の状況への恐怖が天秤にかかっているなら、未知の状況を選んでほしいです。

 

死にたいくらい未来が怖い自分を応援してくれる人がいます。

 

みんながみんな自分を応援してくれる人がいるわけじゃないよ、と思うかもしれません。

でもいるんですよ。

死にたいくらい未来が怖いあなたを応援してくれてる人がいるんです。

 

中島みゆきさんです。

この動画を見れば分かると思うのですが、絶対に私たちに向かって歌ってくれています。

 

こんな時代もあったねと いつか笑える日が来るよ

と、死にたいくらい未来が怖い私たちに歌いかけてくれています。

中島みゆきは、未来を信じてくれてるんですよね。

 

それが分かるから、歌っている姿や声で涙が出てきます。

 

なので、生きるのが苦しくて怖くて死んでしまいそうなときは、中島みゆきの歌を聞いて、中島みゆきが信じてくれてる自分信じてみてほしいです。

 

今日はここらへんで。

読んでくれてありがとうございます。