エアコンは正義。のジレンマ

 

本格的な梅雨に突入し、湿度と気圧にやられてます。

めまい、息切れ、動悸、眠気…。

殴られるような眠さ(?)

ぐうんと眠気に持ってかれる感じが殴られたときの衝撃に似てる。

明日は8時間立ち仕事なので(つらい)、ロキソニン服用して望みます。朝とお昼に飲むわよ。

 

 

頭痛薬に頼らないと吐き気と気持ち悪さでメンタルはぐにゃぐにゃになるわ体調は悪いわで死にそうになる日だと予測できたので、今日は夕方にロキソニンを飲みエアコンをつけました。正解。

 

エアコンと頭痛薬は正義。

エアコンをつけないとやっていられない暑さが今年もやってくるのでしょうが、そのエアコンがまたその暑さを加速させていく。

そう思うと50年後の人類どうなっちゃうんだろうなと思います。未来の人間、地球で生きるの大変になってるだろうな…

 

今日の出来事

 

本人は都会に住んでいるけど、私が今住んでいる田舎町が好きで、なにかできることはないかと探している、という方をアルバイト先のオーナーに紹介された。

活動団体を作ったばかりの、こことは違う地方の都会の大企業で仕事をしている20代半ばの若者だった。

この町に人を増やそうと思ったらとりあえず雇用を増やさないとどうにもならないんじゃないかと話をしたところ、そういうのではなく地元の人との交流の上で何かできることを見つけていきたいらしい。

 

そうなんですね、がんばってくださいね、と言ってお別れしたけれども、そのあと少しだけ色々と考えた。

実際には住んでいないけどその人のように特定の町が好きで応援したいと思っている人のことを関係人口と呼ぶらしい。

グーグルで検索してみると何やら出てきた。

『関係人口』ポータルサイト

「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。

地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。

 

よく分からないが、今日あった人の印象は『比較的都会に住む好きな過疎地の町おこしをしたい若者』だった。

地元の人と交流していく中で関係住民としてなにかできることを見つけたい、みたいなことを言っていた。関係住民っていう言い方がちょっと鼻につく。関係はしてても住民じゃないじゃん。

 

全体的に悪い志じゃないしそういう行動が上手くのはとても望ましいことだけど、なんか自己実現の道具にされてるみたいで嫌だなと思った。

本気である町のことが好きで、そこに若者を定住させたい、町がなくならないようにしたいと思って行動しているんだったらいいのだ。

高齢者の多い地域で必要とされる会社を新しく作ろうと思ってる、そのために話を聞きたいと言われていたら、嫌な気持ちにはならない。すごい人だな大変そうだな…と思う。

 

でも、「地元の方と関係住民とでオンライン飲み会をします」と言っていたり「なにか関係住民にやってもらいたいことないですか?」「うーん。とくに」「そうですか…」という会話をしているのでは、根本的な変化は実現できないと思う。人生経験にはなるかもしれないけど。そもそもそこまで根本的な解決や変化を起こすつもりではないのかもしれないけど。

他人のためになにかしてあげたいと言ってのける人がそもそも好きではない。それはほとんどの場合嘘だからだ。

自分の人生経験のために町おこし的な活動をしてみたいんですと言っていたら、まだ好感は持てる。他人の人生経験に利用されたくないから参加しないけど。

 

おすすめコンテンツ

 

『スタンド・バイ・ミー』で私を映画の世界に叩き込んだリヴァー・フェニックス主演の『マイ・プライベート・アイダホ』を見た。

中学生くらいのころ一度見て、そのときはよく分からなかった。

改めて見て、リヴァー・フェニックス演じるマイクの気持ちが切なくてどうしようもなかった。

 

同じガス・ヴァン・サント監督の映画だと『小説家を見つけたら』が好き。

特別好きな作品はこの二本だけなのだけど、好きな映画監督を聞かれたら彼の名前を挙げている。あとリドリー・スコット。スティーブン・スピルバーグが好きな気持ちはこの二人の監督を好きな気持ちとまた少し違う。

ガス・ヴァン・サントもリドリー・スコットも全ての作品を見ているわけじゃないけど、この人たちの作る映画が無性に好きだと感じる。この人たちの作品が好きなんだなと思うのではなく感じる。自分で選ぶ好き嫌いじゃないところで好きだというのが何となく分かる。

小説では吉本ばななさんの日記がそれである。

山田詠美さんの小説も好きだけど、山田詠美さんの作品を好きな気持ちはスピルバーグ監督の作品を好きな気持ちと近い。

山田詠美さんの小説もスピルバーグ監督の映画も、どちらも大好きなのだ。心からあの作品が大好きだとすぐに自分で分かるのだ。

 

でもガス・ヴァン・サントとリドリー・スコットの映画が好きな気持ちは、そのときほど分かりやすくない。

ん~?なんか、これは『好き』だな!? どうも私この人の作品が好きだな…!?

としばらく経ってから自覚する類の好きなのである。

 

どちらの好きにも優劣はないけど面白いと思う。